自分にとって、貴方が全てだと知っている。
貴方にとって、自分が全てかは知らない。
それに気付いたとき、迫り来る空虚感と畏怖。心の中奥深くに渦巻く。

「幸生、一緒帰ろ」

あげはは放課後になってすぐ、自分のクラスから一番遠い1組までやってきた。
いつもなら、図書館で落ち合ったりするのだが、今日は珍しく。
12月の寒空に合わせて、あげはは無地のマフラーを巻いていた。

「・・・図書館行ってもいいか?」

「うん、ついてく」

その言葉に急かされたように、幸生は鞄に教科書を詰め始める。

「あれ、あげはだ。珍しいねー1組来るの」

「万葉。珍しいかな・・・来るの」

近くの席で保都と話していた万葉が話しかける。
自分でも何でわざわざ来たかはわからなかった。
そこまでして、幸生に会いたかったという訳でもない。
だが、気が向いたから、ではすまされない衝動だった。

「珍しいって。だから保都も2人付き合ってるの知らなかったんだし」

「俺は来ていても興味がなければ覚えてない」

また、感じる。
空虚感と畏怖。恐れているのは、その事実。

「――、付き合ってないよ。俺と幸生」

「え、そうなの?あれ?えーと・・そのヘアピンは?」

「貰っただけ。万葉も誕生日にはプレゼント貰うでしょ?」

「うーん・・・そっか」

「うん、そう」

他愛もない会話のはずなのに、心が痛む。
この会話を、幸生に聞かれていると思うと尚。
聞いていて、それで何も言わないから、自分でもわかんなくなる。
貴方にとって自分は、名前を付けるとしたらどんな地位なのか・・・。

「あげは」

「万葉、じゃあね」

「あーばいばい・・?」

あげはと幸生は教室を出て行った。

「・・・んー??」

「どうした」

「あの二人って付き合ってないの?」

「知らん」

「保都無関心すぎ・・・」

「・・・・」


「あげは」

図書館のテーブルで、二人は並んで座っていた。
あげはは机につっぷし、幸生は宿題をやっていた。
放課後、図書館に居る人は数人。

「ん、何?」

あげはは軽く寝ていたのか、少し寝ぼけ眼で返事をする。
それでも、ヘアピンがちゃんとついているかどうか確認している。

「辞書使って調べてくる」

「あ、うん」

小学校の割に広い図書館は、辞書コーナーが奥にあった。
調べ物が静かに出来るようにか、少し隔離されたスペース。
そこに向う幸生の姿は、あげはにとって辛かった。
自分の存在が薄れていく気がして。

「・・・あ、れ」

幸生の姿が見えなくなってから、本を読み直そうと机に向う。
すると、正面から少しずれたとこに顔見知りが居た。

「アリス」

「・・・何?」

アリスは不思議の国のアリスを読んでいた。
いつもならすぐに家に帰るのに、今日は珍しく図書館に居た。

「何っていうか・・、今日はまだ帰んないの?」

「・・・・・そういうときも、ある」

アリスは少しも表情を変えないで答えた。
言い方にとげがあるのはいつもだけど、いつもと少し何かが違う。

「・・・・・・・・・先生と何かあったの」

「!」

「(当たっちゃった・・・・)」

先生と何かなければ、此処にいるはずない。
いつもなら「先生が、呼んでるから」などと言って足早に帰るから。
そういうことを聞くと、あげははうらやましくて仕方なかった。
多分、先生とアリス、お互いにかけがえのない存在なんだと思うから。

「・・人の心探るとかそういうの、私、大嫌い」

アリスはいつもの口調で答えた。

「・・・なーアリス。ひとつ質問していい?」

「・・・な、に」

「俺は誰の心の中にもいないのかな」

自分自身驚くほど、簡単に出た言葉。
すぐにでるのは、多分いつもそう思っていたから。
いくら幸生と肉体的関係をもったとしても、それはひとつの出来事にすぎない。
そこに、愛があるとかはどうでもいい。
彼の心に、自分は存在してるのか。
それだけが、ずっと気になっている。
心が痛いほど想っているのは、自分だけかもしれない。

「・・・あげはには、あいつが居る」

「・・・幸生?」

アリスは言葉なくうなずく。
それで終わりだと思ったら、言葉が続く。

「・・・・・好きでもない相手に、そんなものあげない」

アリスはあげはのヘアピンを指差す。
これは、幸生からの唯一のプレゼント。
確かに好きでもない相手にあげないかもしれない。
それなら、嫌いじゃなければ誰にでもあげるということじゃないのか。

「・・・・・・・・・・そうかな」

「わかんないなら本人に聞けば、いい」

「・・・・・・・・・・・・・うん」

アリスの言葉はいつもまっすぐだと思う。
思ったことを口に出すから、とげがあるように聞こえても、事実には変わりない。
他人に聞くより、本人に聞いたほうが早いのは、事実。

「・・・帰んの?」

「――先生から、メール来たから」

簡単な挨拶を交わしあげははアリスを見送る。
アリスが帰ってからすぐに、幸生は戻ってきた。
何だか眼があわせづらくて、何も言わずに机に突っ伏す。

「・・・・あげは?」

「・・・・・・・・・・・・・なあ、幸生」

「何?」

いつも口数の多いあげはが、珍しく静かだったからか、幸生はあげはの名前を呼んだ。
顔を上げたあげはは、いつになく真剣で、今にも涙がこぼれそうな表情。

「・・・・幸生は、俺のこと好き?」

「・・随分な質問だな」

「答えて」

ごまかそうと思ってそう言ったのを、簡単にあげはに遮られる。
真剣な目の中に、沢山の悲哀を見た気がした。

「――好きじゃなきゃ、」

「違う」

「・・・?」

「そういうの、じゃない。好きなら好きって。嫌いなら―――嫌いって、言って」

「・・・・・好きだよ」

「・・・・・・・・・本当?」

「本当」

「・・じゃあ・・、幸生の心に・・・俺は、居る?」

一瞬嬉しそうな顔をしたあげはが、それを言うとまた泣きそうな顔になる。
幸生にはそれが何故か考えられなかったのかもしれない。

「当たり前」

「!!」

幸生の心のなかに、あげはしか存在しないと本人が自覚していたから。

「・・・・泣くな」

やがて流れた涙が、頬を伝い目の前がぼやける。
触れる幸生の指が、冷たくって少し驚いた。

「だ・・・って、さっきとか、も・・何も言わなかったから・・・」

涙をこらえようと試みても、全く止まる気配はなく。
呼吸が不安定ででてくる言葉が欠しかった。

「・・・あげはが付き合ってないって言ったときか?」

あげはは無言でうなずく。
言わなくても、通じる思いが嬉しかった。

「あげはがそう思ってるなら、それでいいと思ったから何も言わなかった」

「・・・どゆ・・・意味?」

「あげはがそれでいいなら、俺もそれでいい」

「わか・・・ない・・よ、そんなの・・」

泣きじゃくる姿は、不謹慎かもしれないが幸生にとっては可愛いと思うだけの仕草。
軽く頭をなでてから、あげはを抱きしめた。

「あげはが好きだから、あげはの意見には逆らわない。あげはが嫌なことはしない」

「・・・・・幸生、」

少し涙が収まったのか、あげはは顔をあげて幸生の名前を呼ぶ。

「・・・何があっても、俺は幸生の心の中に居るんだよね?」

幸生がうなずくと、あげははまた俯き、泣き出した。
幸いにも図書館に人は居なく、司書すらどこかに行った様だった。
あげはは泣いてる姿など、誰にも見られたくないんだろうと幸生は思ったから。

「あげは、顔あげて」

指であごを半ば強引に上げさせられたあげはは、何、と言った。
それに答えることもなく、幸生は静かにあげはに口付けた。
あげはは、嫌がることなくそれに応じた。


「・・・・・目腫れた」

下校時間を過ぎてから学校を出た二人は、手を繋いで歩いていた。
普段なら絶対にしないことを、人が少ないからとあげはに誘われたから。

「・・・・・・・・」

「自業自得とか、思わないでよ」

「俺のことで泣いたならいいけど」

「・・・・・・・ん」

「・・・・俺、聞いてない」

「・・・・・何を?」

幸生が歩みを止めたのにつられ、あげはも歩みを止め幸生を見上げる。

「あげはは、俺のこと好き?」

「――!・・・、す・・、好きだよ。好き。大好き・・・です」

目をそらして言う姿が、やけに可愛くて幸生は笑ってしまう。
それに気付いたあげはは、照れながら笑うなと怒った。


些細なことだけど、幸せだった。
幸生の心に、俺が居るってわかったから。
それだけで十分、きっと。
世界中の人が自分を知っているより、誰か一人に深く刻まれる思い出のほうがずっと大事だから。




初めまして、ゆづあと申します。
Nightmare Syndrome様がお作りになられるゲームに心奪われてから数ヶ月。
あまりにもあげはが大好きで大好きで・・。このような小説を書いてしまいました。
誤字がないか不安です。一応確かめましたが・・。
あげはの全てが大好きです。この小説ではあげはがとてもリアリストに見えないです・・ね。
最終的には幸生さえ誰だよ的な終わり方で・・・。力不足でした。

これからもゲーム制作頑張ってください。
絵日記のほうも毎回楽しく拝見しています。
あげはがゲームに再登場するのを願いつつ、終わりの挨拶と代えさせて頂きます。

06/01/30*ゆづあ